2012年6月28日木曜日

一度住むと抜け出せなくなる呪われた沿線?~三善里沙子『中央線の呪い』


東京下町から北関東にかけてをウロウロしながら人生の大部分を過ごしてきてきた自分にとり、東京の西側というのはどこか縁遠い土地だった。

高円寺、阿佐ヶ谷、荻窪、吉祥寺といったカルトな街が並ぶ中央線沿線。古本、古着、雑貨などこだわりの店が集まり、むかしから太宰治、井伏鱒二など文化人も多く、カルチャーの香りと物価の安さ(?)に魅かれてマンガ家、演劇人、ロッカー、フーテンが集まる街。コーヒーやラーメンなど庶民の味にこだわってツウをうならせる街…。

年に数回、芝居やライブを見に行く程度ではしょせん外部の人間、観光客と同じ。中央線文化の上澄みをすくっているだけで真髄に触れることはできはしないでしょう。本書「中央線の呪い」はそんな中央線ガイドの役割をしながら、80年代に盛んになった都市論の流れをくむ一冊です。都市論といってもカタいほうじゃなく、泉麻人氏などが始めた東京都内の地域格差ゲームの延長線上といえばいいでしょうか。

著者は中央線沿線の住人を「マルチュー」と呼び、一見バカにしているようですが、そのまなざしには愛情が感じられます。おそらく本人も元マルチューだからでしょう。愛憎半ばするというか同族嫌悪というやつか。

「マルチューは西の下町にほかならない」という箇所もあり、なかなか的をえた指摘だと思いました。僕のような「東側の人間」にも中央線の街がどこか親しみをもって感じられるのもそのせいでしょう。

1980年代後半のバブルは歴史ある商店街を次々とツブし、安いベンツが並ぶ立体駐車場や窮屈で住みにくそうなデザイナーズマンションがひしめく、小奇麗ではあるがどこか無味乾燥な風景へと変えていきました。中央線沿線やそこに住む人々は、それらバブルのアンチテーゼでありカウンターカルチャーなのだ的に見られています。

だけどそんなマルチューの人々にも、心の底にバブリイなものへのあこがれがなかったわけではなく、そうした屈折した心情を著者はブログ的な小ネタですくいあげていってやたらおかしい。同じ中央線内の街でも外からでは分からない等級があるとかないとか。ま、あくまでシャレですから目クジラたてて「あの街がエライ」「いやこの街のほうが上だ」みたいにライバル意識を燃やすのは控えたいもんです。

バブルがはじけたことで古着やアジアン雑貨などの中央線的アイテムも、本書が書かれた当時から比べると市民権を獲得してるようです。中央線沿線は呪われているのではなく、むしろ祝福されているのかも。


2012年6月20日水曜日

この親にしてこの子あり…?~ブルース・オズボーン『OYAKO』



 この写真集に収められているのは、有名人、一般人を問わずたくさんの親子を写したモノクロ写真の数々。

はじめはパンクロッカーとその母親という意外性を狙ったところからスタートした企画だったそうだ。しかし平凡な庶民であっても十分ドラマ性が伝わってくる。本書の序文の「いろいろな親子がいて全部ちがうことが面白い」という言葉どおりです。


カメラのレンズの前にならんだ二人は、おそらく別々に見れば親子とは気づかれないにちがいありません。服装も外見もちがう、おそらくふだん生きてる世界も全然ちがうのでしょう。なのに、なぜか両者のあいだに通い合うものが感じられるのは、やっぱり「親子だから」の一言に尽きますねー。白バックに二人の人物だけというシンプルな構図も、互いの関係性を映し出すのに最適なのかもしれません。

オズボーン氏はこのポートレイトをライフワークとして続けており、登場した親子の中には時を隔てて十数年後にふたたび二人で写真に納まっているケースもある。二枚の写真のあいだに流れた年月や親子の歴史を感じさせる一方で、時がたっても変わらないものも感じさせます。

以前ライターの仕事で、この写真集をつくったブルース・オズボーン氏の撮影現場にお邪魔しました。オズボーン氏は被写体となった親子をリラックスさせるため終始陽気に振る舞い、ポジティブなエネルギーに満ちた人柄がうかがえました。撮影を手伝う娘さんの姿もあって、常に同行しているのだとか。オズボーン氏の写真から伝わってくる温かさの理由がなんとなく分かりました。