2012年7月25日水曜日

これってまるで自分のこと…?~ ドナ・ウィリアムズ『自閉症だったわたしへ』


一読して「ああ、まさにこの人の症状って自分とおんなじ。やっぱりオレって自閉症だったんだ!」

と、おのれの運命を嘆いた私でしたが、

似たような感想を抱いた人はきっと少なくないことでしょう。

だからこそ本書が話題を呼びベストセラーとなったのでしょうから。日本でも現在新潮文庫でパートⅢまで出ているようです。

この本が多数の読者に受け入れられた理由、それは著者が告白する自閉症者の世界(あえて自閉症“患者”とは言わない)が、

まだ社会と上手にコミュニケーションがとれる以前の幼児が体験する世界と同質のものだからでしょう。

僕たちはドナのいる世界をあとにして、この社会にどうにか適応したのかもしれません。

ドナの世界、そこはある意味エデンの園のようにも思えます。パーフェクトに自己の中で完結し、十分に満たされきっている世界。

でも他者と折り合うためにはその楽園を出なければなりません。それは苦痛に満ちた体験でした。とくにドナのような自閉症者には。

彼女は自分の内面の動きを驚くほど正確に、客観的に観察する。それだけ自分に対し他人行儀になれるのも、あるいはこの症状の特長かもしれませんが。

幼少時の記憶も鮮明で、ある種「つくられた記憶」かと勘ぐってしまったりもするが、

彼女には体験したものを脳内にまるごとコピーできる「サヴァン症候群」のような一面もあるのかもしれない。

また状況に対処するため複数の人格を使い分けているところは多重人格障害にも通じるように思う。

異常で悲惨な体験がこれでもかとばかりに綴られますが、

反面、幼ないころのエピソードのひとつである、心を許せる親友との出会いのくだりなどは素晴らしく、万人に訴える普遍性を感じます。無二の親友が他の人のところへ去ってしまった時の嫉妬や悲しみの感情も、少女時代を過ごした人なら誰しもおぼえがあるでしょう。

とはいえ学校では級友から疎外され、中途退学や再入学を繰り返し、転職につぐ転職のあげく不誠実な男たちに翻弄される行き当たりばったりの彼女の人生は、

まさに転がる石そのもので悲惨さは否めません。やはり自閉症に生まれついた人間は不幸なのだと結論せざるをえないでしょう。

彼女の症状の場合、家庭環境や成育歴の影響も疑えませんが(当人は本書の中で否定していますけれど)。

もっとも不幸なのは、これだけの感性を持ちながら、この症状ゆえにそれを外側へ訴えるすべが限られている点でしょう。

同時にそれは、多くの自閉症者が自分を表現することもできず、陰に日なたに「馬鹿」だの「キ××イ」だのと嘲笑される過酷な生を送っていることを想起させます。表現力に恵まれたドナのような例は、まさに幸運なケースといえるでしょう。

全編をとおし、その筆致は冷静に自分の置かれた状況を綴り、かつ卓抜な表現に満ちていますが

これはひとえに訳文の適切さによるもの。訳者の河野万里子氏の功績でしょう。おもわず自分の身に重ね合わせて読んでしまいます。

ドナはあとがきで「直接誰かと対話するよりも、紙に書くとかタイプライターを打つなど無機物を介したほうが自分の気持ちを伝えやすい」と語っています。話し下手でネット弁慶の気もある自分はこんなところも、この人とよく似ているような気がします。

やべえ、この文章、ドナになりきって書いてしまったなあ…。



2012年7月21日土曜日

トレンドは繰り返す、過去に学べ!~菅原健二『流行ノ法則』


たとえば現在に生きる僕らの目から見た明治や江戸時代と、

当時暮らしていた人々が考えるその時代とでは当然ズレがあるわけで、

同時代の視点でなされた時代観察、あるいは分析は

少し距離をおいて客観的に見たのとはまた違う印象になるだろう。

とくにメンタルな部分などは振り返って見るのとは別のリアルタイムのナマナマしさがあり、

そういった書物を探し出すのも、古本漁りのダイゴ味であります。ウィッシュ。

というわけで本書は80年代後半、時代がバブルにさしかかった時期に出たトレンド分析本です。

アマゾンにも在庫がない本だ。MG出版という版元も現在はおそらくないだろう。

トレンドという言葉も古いなあ。というかトレンドというものが予測可能と考えられていた時代がいまとなってはひどく牧歌的に感じられるというか。いまは先が見えない時代だもんなあ。あ、これも昔から言われてるか。

さて、流行には周期があるとかリバイバル現象があるとかはよく聞きますが

著者はそれまでの各時代にヒットした商品やTV番組、人気を集めた芸能人などさまざまな事象をとりあげ、

「一匹狼か群れ会う羊か」「勤勉なアリか享楽的なキリギリスか」など対立する二項の図式をつくり、

さらに両者が数年おきに入れ替わるという自論を展開しております。若干コジツケの感じはありますけど。

一世を風靡したヒット商品や出来事は、ある世代から上には懐かしく、

それらがリアルタイム目線で語られているのは、いまとなっては貴重です。

余談ですが古本屋で購入した本書には「ヤングキング創刊」というチラシがはさまっておりました。

お宝にはならないでしょうが、こういう発見も古本ハンティングの楽しみのひとつです。